 妊娠アンケート No.60
ハンドル ネーム |
チップ&デール |
| 年齢 |
29歳 |
結婚年数 |
5年 |
| 治療歴 |
3年 |
妊娠した治療 |
顕微授精 |
| 妊娠した時の体験談 |
| 私達夫婦は結婚式の1ヶ月後に男性不妊が発覚しました。健康優良児の二人なので、子供はすぐにできるだろうと思っていましたが、不妊といわれ、それからが辛い日々の始まりでした。 勇気を出して行った産婦人科で言われたことは「あきらめたほうがいいよぉ〜、これじゃ〜ねぇ・・・」でした。せっかく卵管造影までしたのに、なんだったんだろう!と悔しくて・・・。他にも基礎体温表を見て「まだ20代でしょう?夫婦生活が少なすぎるね。ダンナさん、浮気してんじゃないの?」とまで言われ、通院を止めました。 「しばらく休もう、もしかしたらそのうちまぐれで自然にできるかも!」なんて考えていましたが、そうこうしているうちに後から結婚した友人達に次々赤ちゃんができ、自分だけが取り残されていきました。 やっと重い腰をあげて行った2件目は県内では言わずと知れた不妊治療の専門医でした。ここでも初診で「難しいですね。でも、顕微授精なら大丈夫。今すぐ予約をしていきなさい」と言われました。ろくに説明もされずいきなり顕微授精なんて言われて、落ち込む私に「なんで決心できないの?」なんて言われ、心はズタズタでした。待合室には病院の実績を紹介する新聞のコピーや、ARTの成功率などが貼ってあり、患者さんはみんな下を向いて暗く、受付の人もイヤな感じだったのでここも止めました。どんなに実績があってもそういうところがおろそかだとダメですよね。 3件目も知人に勧められて個人の産婦人科に行きましたが、ヒューナー検査の結果0で「うちでは手に負えません」 あきらめかけて行った4件目の病院でとてもいい先生に出会え、やっと治療にはいることができました。ここでもやはり精液検査の結果、100万しかいないとのことで顕微授精を勧められましたが、丁寧に納得のいく説明をしてくれました。明るくて人間味のある先生で、Sてをお任せできる!」と思いました。 私もプロラクチンの値が境界線だとわかり、顕微授精に向けパーロデルを内服し始めました。 初診から4ヶ月後に初めての顕微授精をし、10個採卵できてグレード1と2の間くらいの受精卵を4つ戻しましたが、このときは妊娠には至りませんでした。初めての採卵はとってもビビリましたが、思ったほどの痛みではありませんでした。 それから半年後、2回目の顕微授精に向け準備を始めたところで主人が仕事中に大ケガをし、寝たきり生活になってしまいました。顕微授精のことがあったので同じ病院に入院させてもらい、主人は1ヶ月をベットの上で過ごしました。予定どうり採卵してもらい、今度は12個採れて同じくグレード1と2の間の受精卵を4つ戻しました。「今度こそ!」と思い、仕事も休みをとって家に居る時はずっと横になっていました。 私は看護婦の仕事をしていましたが、治療をする以上隠してはいられないので、職場はみんな知っていました。なかには心無い一言をかけてくる人もいました。しかし、通院のためお休みを沢山もらっているので何も言えませんでした。年休のやりくりが一番大変でした・・・。 ETから判定日までの2週間の長いこと!!!でも今回はちょっと違ったんです。戻して1週間後くらいから日に日にお腹がパンパンになり、ズボンがきつくなり、食事も取れなくなってきて「OHHSかも・・・」と思い、病院の予約を取るんですがなかなか仕事が休めず、そうこうしているうちお腹がタプタプしてきて呼吸も辛くなり、やっと病院に行きました。採血の結果、「血液が濃縮していて危険なので入院しよう」と言われ、一足早いオシッコの検査では妊娠反応がプラスに出ていたとのことでした。実感がなく、いわれるまま入院。妊婦生活のはじまりはそんな感じでした。自分ではなんとなく「今回は妊娠してる、それも双子!vってましたが、大当たりで無事に男女の双子を出産することができました。出産まではトータルで3ヶ月も入院しましたが、先生、看護師さん、みんなと仲良くなれて楽しかったです。不妊治療でお世話になった先生に二人を取り上げてもらい、退院診察までしてもらえました。 今は自分の経験がお役に立てば・・・と、不妊治療のクリニックで働かせていただいてます。
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| 妊娠するためにやっていたこと |
| 仕事がお年寄りのリハビリでしたので、みんなといっしょにリハビリをしてました。(笑)結構いい運動になるんですよ!その他にもダンベル体操と腹筋&背筋は欠かさずやってました。運動すると血液の循環が良くなって、からだがポカポカしてくるんですよ!運動部出身なので、苦にはならなかったです。
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| 治療している人に一言 |
| 先生や病院との相性って大事だと思います。主治医との信頼関係がかかわってきますもんね。。不妊治療は先が見えない分、辛いと思います。皆さん本当に頑張っていらっしゃるので、1日も早く全てのかたがご自分の赤ちゃんを抱っこできるようにお祈りしています。また、自分もみなさんから勉強して、患者さんとかかわっていきたいと思います!
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 妊娠アンケート No.59
ハンドル ネーム |
匿名さん |
| 年齢 |
30歳 |
結婚年数 |
1年半 |
| 治療歴 |
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妊娠した治療 |
検査中の自然妊娠 |
| 妊娠した時の体験談 |
| 結婚してしばらくは趣味優先に生活をしていてあまり気にしていませんでした。避妊さえしなければすぐにできるものだと、楽観視していました。しかしいざ子供を作ろうという時になって、なかなかできない現実に精神的にかなりまいってしまい、誰かのところに子供ができたという話を聞くだけで涙がとまらくなっていました。そういう時に限って私の周りの友達、親戚にたてつずけに3人も4人も子供が生まれ、また2人も妊娠が発覚し「なんで私だけできないの」と被害者妄想になっていました。毎月毎月生理近くになるとドキドキし、裏切られのくり返しにイライラし、こんな精神状態では子供が出来ないと思い、不妊7ヶ月目にして病院へいきました。初めての診察で血液検査や内診をし、次回卵管造影をやるから次の生理がきたら予約をいれるようにと言われその日の診察は終わりました。仕事をしていてなかなか平日に休みがとれない身なので、はたして何と言って休みをもらうか、その日に出張が重なったりしないかなど治療のことばかり考えていたように思います。そして生理予定日になっても生理がきませんでした。受診したことで精神的に楽になったのか、あるいは治療自体のことで頭がいっぱいになり、少し赤ちゃんが頭から離れたのがよかったのかわかりませんが私の場合は精神的なストレスが一番強かったように思います。
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| 妊娠するためにやっていたこと |
| いつもお風呂はほとんどがシャワーだったのですが、妊娠した月は湯船に浸かってゆっくりとお風呂に入るようにしていました。湯船に浸かるようになってから夜中に寝汗をビッショリかくくらい代謝がよくなり、手足もポカポカするようになりました。あと排卵日の少し前に(これはたまたまだったのですが)マッサージに行って首、肩、腰をよくほぐしてもらいました。首と腰の骨が少し曲がっているとのことで調整してもらいました。
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| 治療している人に一言 |
| 私の場合は治療自体もしていないし不妊期間もけっして長いとはいえません。でもこの7ヶ月「子供はまだなのか」「早く作りな」「たねが悪いのか畑が悪いのか」などという周りの言葉にプレッシャーとストレスを感じ続ける日々でしたので皆さんのつらさは本当によくわかります。先の見えないゴールに本当に妊娠できるのか?できないんじゃないか?と気の遠くなるような不安に自分が押しつぶされそうになったりもしました。必ず皆さんが幸せになれるよう心から応援しています。納得がいくまであきらめずがんばってください。
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 妊娠アンケート No.58
ハンドル ネーム |
みっきぃさん |
| 年齢 |
32才 |
結婚年数 |
9年 |
| 治療歴 |
7年 |
妊娠した治療 |
AIH |
| 妊娠した時の体験談 |
| AIHを6回失敗していたので、IVFを決心しました。ただ、通院していた病院はIVFをしてくれない所だったので、紹介状を書いてもらって転院しました。4月に転院し、夏にはIVFをすることが決まっていました。「その間にAIHを1回してみようか。」とのすすめによりAIHをしました。排卵日が日曜日に当たりそうだったので、少し早めの土曜日に、急遽することに決まりました。「卵子は寿命が短いから、排卵前に精子を送って待ち受けている形の方がいいのですよ。」という説明で安心しました。転院したことで、今までとは違う薬も飲みました。今までは高温期に1回HCGを注射するだけだったけど、今回はHCG+プラノバール、ルトラールという薬も出され、10日間飲みました。そんなことも良かったのかもしれない。高温期17日目に検査薬を使ってみたところ、陽性反応がでました。はじめは反応が出ず、いつものようにダメだったんだろうとゴミ箱に捨てましたが、後でもう1度取り出して見たら、うっすら線が出ていました。ビックリでした。HCGを打っていたのでその影響では?と思い、2日後にもう1度。今度は割と早く反応が出ました。すぐ病院に行ったのですが、筋腫が大きすぎてエコーが通らず。結局AIHから1ヶ月と15日。心拍確認によって、やっと「おめでとう。」の声が聞けました。転院した先の先生がとても信頼できる方で、小さなことにでもとても親切に、丁寧に答えてくださりました。そんな安心感が良かったのかな・・・と思います。
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| 妊娠するためにやっていたこと |
| ビタミンEの錠剤を飲んでいました。あとは身体を冷やさないように、冬は靴下2枚、夏でもできるだけ靴下をはくようにしていました。冷えのため一時期漢方を飲んでいましたが、それはここ2〜3ヶ月やめていました。半年前に子授け祈願をしてくれるお寺に行って、拝んでもらいました。夫婦ともにお札をもらって、それぞれ財布に入れていました。
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| 治療している人に一言 |
| 五木寛之さん(だっけ?)の本に書いてあった、私の大好きな話です。「アサガオの花は朝咲くが、この花は夜がないと咲かない。人工的に1日中光を当て続けると、アサガオは咲かなかった。アサガオは暗く冷たい夜を経験しないと、きれいな花を咲かせることがないのだ。」つらいとき、いつもこの話を思い出していました。私も、いつか花を咲かせられるときがくるのだと。みなさんの開花も、きっともうすぐですよ。
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 妊娠アンケート No.57
ハンドル ネーム |
ももじろうさん |
| 年齢 |
31歳 |
結婚年数 |
3年半 |
| 治療歴 |
2年 |
妊娠した治療 |
凍結ET |
| 妊娠した時の体験談 |
| 高プロ&両側卵管閉鎖で体外受精しかないと言われたもののあきらめきれず転院。4回の卵管造影検査・子宮鏡検査を受け、5回目のAIHで初の妊娠反応。しかし子宮外妊娠で右側卵管切除となり、残った卵管も癒着がとれず今年に入りIVFへ進みました。
1回目はたくさんの卵が採れたものの、あえなく撃沈。(この時は8分割を3つ戻す。G2でした)黄体ホルモンの値が5以下で(通常20以上)着床能力が低い?といわれました。ちょっとお休みをいれて、4月に凍結胚を使ってのET。解凍時にダメージを受けて見た目も期待できるものではなく先生からも”あまり期待できないかも。(2段階移植の予定でしたが)このまま様子を見ましょう”・・・。ちなみにグレードは2〜3でしたが、見た目的には4に近かったです。でも、卵ちゃんたちは頑張ってくれました。判定日前日から出血と下腹部の痛みがひどくなりあきらめモードのなかでの陽性判定に喜びよりも驚きでした。先生も”なぜ前回妊娠しなかったの??!”とビックリしてました。
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| 妊娠するためにやっていたこと |
| いろいろ試しました(マカ・ザクロ・整体etc)でも、妊娠した周期は、初めてDr○パの風水に頼りました。(本かって部屋中にシールを貼り毎日お祈りしてました)あと、通販で購入した”おんぶぼぼ”と”だっこぼぼ”を常に持ち歩いていました。(飛騨のお土産のさるぼぼです)
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| 治療している人に一言 |
| 不妊治療って精神的・肉体的・金銭的にも負担が大きいと思います。疲れたら休むのも治療のひとつ。でも突っ走ろうとしている方・・自分の卵ちゃんを信じてあげてください。思ったより強いんですよ。そして、いつかくる赤ちゃんのために自分の体をいたわってあげて下さい。お母さんの体が資本なんですから。。無理はしないで、常に気持ちに余裕を持ってください。頑張り過ぎない・・・コレって大事だと思います。
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 妊娠アンケート No.56
ハンドル ネーム |
こなつさん |
| 年齢 |
29歳 |
結婚年数 |
3年 |
| 治療歴 |
半年位 |
妊娠した治療 |
タイミング(フェミロン+HMG+HCG) |
| 妊娠した時の体験談 |
| 半年前より不妊ぎみの為タイミング+HMG+HCGで治療してきましたが今日、病院に行き妊娠確認できました。いつもでは色々勉強させていただいてます。良かったら参考にして下さい。今までと違っていたこと。排卵日はいつもは16〜17日目あたりなのに遅れた
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| 妊娠するためにやっていたこと |
| ・入浴後ストレッチを始めた ・生理予定日を過ぎた頃からいつもは痛くない胸が凄く 痛み出した ・大好きなコーヒーを止めなるべくグレープフルーツを意識的 食べるようにした ・妊娠する夢を2回見た。
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| 治療している人に一言 |
| 妊娠を望んでいる皆さんにも妊娠菌が届きますように・・ |
 妊娠アンケート No.55
ハンドル ネーム |
匿名さん |
| 年齢 |
34歳 |
結婚年数 |
5年 |
| 治療歴 |
1年8ヵ月 |
妊娠した治療 |
IVF |
| 妊娠した時の体験談 |
| 私は原因不明の不妊でタイミング、AHI(7回)をしましたが一度も妊娠せずIVFに進みました。1回目のIVFでは卵の質が悪すぎると言われ失敗に終わりました。2回目のIVFは少しでも卵の質を良くするために2周期薬で生理周期を整え、誘発の注射もHMGからFSHに換えて行いましたが、卵の質はあまり改善されず、採卵の前に「今回は胚盤胞移植をして欲しい」とお願いしていましたが、5個採卵でき5個とも受精したもののそのうち2個は質が悪くて使えませんでした。残りの3個もあまり良い卵ではないので胚盤胞までいく確率はとても低く、普通に3つETするか2つを先にETして1つを胚盤胞まで培養してみるかどちらでも妊娠の確率は同じぐらいと先生に言われとても迷いました。せっかくの受精卵を試すようで罪悪感があったのですが、自分の卵がどれぐらいまで成長する力があるのか知りたかったので1つを胚盤胞まで培養してもらうことにしました。1回目のETから4日後に卵の状態を聞きに行くと先生が「教科書に載せてもいいくらいきれいな胚盤胞になってるで。1個残しといてほんまによかったなぁ。」と言われ、その日に胚盤胞移植をし妊娠に至ることができました。 ちなみに胚盤胞まで分割した卵は3つのうち一番グレードの低い卵でした。
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| 妊娠するためにやっていたこと |
| 半身浴、下半身の血流が良くなるストレッチ、なるべくバランスの良い食事を摂るようにする(緑黄色野菜を多めに摂る)、神社・お寺で子宝祈願
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| 治療している人に一言 |
| 卵の質で悩んでる方もおられると思いますが、あまり質の良くない卵でも分割していく上で良い卵に成長することもあるのであきらめないでください。不妊治療をしているとつらいことやかなしいこともたくさんあると思うけど、できるだけ気持ちを前向きに持ってご主人と仲良く楽しく過ごしてくださいね。子どもを望むすべての人に赤ちゃんが授かるよう心よりお祈りしています。
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 妊娠アンケート No.54
ハンドル ネーム |
のぶちんさん |
| 年齢 |
27歳 |
結婚年数 |
4年 |
| 治療歴 |
1年3ヵ月 |
妊娠した治療 |
解凍ET |
| 妊娠した時の体験談 |
| 23歳で結婚し、主人とも2年は子供を作らずに遊ぼうと話をしていましたがなかなかできず普通の産婦人科で見てもらったところ、不妊症だと言われ不妊症専門の病院をしてもらい通いはじめました。今までに体外受精を2回行いましたが妊娠には至らず、家にいてもストレスがたまると思いパートを始めてリラックスしながら臨んだ3回目のETで妊娠に至りました。切迫流産で約3週間ほど入院しましたが、今は産婦人科に転院し安静にしています
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| 妊娠するためにやっていたこと |
| いろいろ試そうとは思っていましたが、あれもこれもというわけにもいかなかったので、ETをする少し前から薬局で売っていたザクロのペースト状のものをパンと一緒に食べたり、ビタミンEや葉酸のサプリを1日3回飲んでいました。私の場合は過去2回のETでは『葉酸』は飲んでいなかったので、コレがよかったのかな〜と思っています
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| 治療している人に一言 |
| 今回、私は妊娠することができましたが今までいろんな人から心ない事をたくさん言われました。ある人からは「種なしピーマン・種なしかぼちゃ」なんてことも言われました。本当につらかったです。みなさんも、今はつらくてしんどいと思いますがきっとその努力が報われると思います。あきらめずに頑張って下さい。 みなさんのところにも天使が舞い降りて来る事を心から祈っています
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 妊娠アンケート No.53
ハンドル ネーム |
ぽちさん |
| 年齢 |
32歳 |
結婚年数 |
1年 |
| 治療歴 |
8ヵ月 |
妊娠した治療 |
ICSI |
| 妊娠した時の体験談 |
| 私は治療歴の前半の6ヶ月間、タイミングで行ってました。(卵胞の状態や排卵も、特に問題がみられなかったため)でも、一考に妊娠の傾向は見られず、だんだん不安になってきました。そしてやっと卵管造影を受ける事になったのです。結果は極端に細い卵管で妊娠は難しく、一番早く妊娠する方法は体外受精。早速、不妊専門医院へ転院しました。そして、次の生理からショート法。生理1日目からスプレキュア。そして、生理3日目から、注射を開始しました。まずテルティノーム300単位R日目と4日目に。ヒュメゴン150単位5,6,7,8日目に打ちました。そして、生理から9日目に卵胞のチェックでした。結果はOK。11個出来てました。その夜の23時にHCGを二日後の朝、受精→分割も確認されたため、採卵から2日後の午前中に移植することが出来ました。そして、めでたく妊娠に至ったのです。お金も少し高くなるからと思いながらも、万が一の為と思い同意書にサインをしました。今思えばあれが運のツキ! 顕微でなければ、無理だったんです。様子を見ていた先生が切り替えてくれたので、見事11個中9個も受精→分割できました。 あの時、同意してなかったら、受精しきれず、又一からやり直しでした。 ふぅー(^_^;) ウサギの仲間達もだけど、同じ病院で知り合った仲間達とワイワイをするのが、私の一番のストレス解消法だったと思います。通う度に、大体同じタイミングで治療してる仲間と顔見知りになり、採卵の時ぐらいには、スゴク仲良くなって、お喋りしながら一緒に行動してました。 お陰でイケイケムードで、良い結果も出てくれた様に、私は思えるのです。
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| 妊娠するためにやっていたこと |
| お風呂でお腹をナデナデしながら話しかけました。 果汁、海系、畑系を毎日摂りました。(100%ジュース、もずく、納豆など・・・ざくろも良い様ですが、私は摂ってないです) 原チャリ愛好者ですが、乗らずに徒歩でした。 あと、何があっても、走らない!!
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| 治療している人に一言 |
| 最悪な事に移植後、3日目位に落廝をひきました。咳が止まらず、2週間ぐらいホゲホとかなり腹筋も使ったので、お腹が筋肉痛気味にまでなりました。ダメだ〜(
;_;
)という気分だったんですが、赤ちゃんは頑張ってくれました! どんな状況になっても諦めないで! きっと、小さくても、運命を背負って赤ちゃんはやってきてくれます! 何があっても負けないで頑張ってほしい!
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 妊娠アンケート No.52
ハンドル ネーム |
luluさん |
| 年齢 |
34歳 |
結婚年数 |
9年 |
| 治療歴 |
約半年 |
妊娠した治療 |
AIH |
| 妊娠した時の体験談 |
| まず妊娠したくてつけた基礎体温を見ると黄体期が短く、黄体機能不全?と思いました。すぐに知っているDrのところに持参し、血液によるホルモン検査をうけましたが、特にホルモンバランスは異常ありませんでした。
そこで、年齢を考え、てっとりばやく子宮卵管造影と誘発によるAIHを希望し、タイミング指導は受けませんでした。造影時には、つまっていた片方の卵管を通してもらいました。
その後4回目のAIHをうけました。
4回ともクロミッドを月経4日目から一日一錠5日間飲み、2・3個の卵を育て、20ミリを越したところでHCGを5000単位注射。翌日にAIHをして、さらに翌日排卵の確認をしました。排卵が確認されるとプロベラを朝夕10日間飲みました。
4回目の処置が終了したとき、看護婦にカウンセリング室に呼ばれ「後何度かAIHをして、妊娠に至らない場合どうしようと思っていますか?このあとの治療もありますが、費用もかかりますので、一応、将来のことも心の片隅においておいてくださいね」とやさしく意思を確認され真っ白になり「わからない・・」と答えたのをよく覚えています。
そのAIHの1週間後にかなり体調をくずし、同じ病院の内科に入院。
2週間ほど食べては寝てという入院生活をしていたのですが、やたら、野菜ジュースと梅干が食べたくてたまりませんでした。入院中は食事制限があったので、いかに梅干を食べようか・・と悩んだほどです。
そうこうしているところ、生理予定日になっても体温がさがらないので、持参していた検査薬を病棟のトイレでためしたところ陽性。で結局妊娠でした。 |
| 妊娠するためにやっていたこと |
| 私の場合看護婦のアルバイトをしていて、体調をくずした前日は夜勤をしていました。ですから体は疲れていたわけです。またその後の入院中は、一日中安静にしていましたので、ほとんど布団の中にいて微熱もあり、冷え性の私としては画期的に体を温めていました。Drに聞いたところ親が疲れていようと体調不良であろうと、子供は貪欲なので寄生虫のように生き抜こうとするといっていましたが、やはり体を温めた・・というのは効果があったのでは?と今でも思っています。
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| 治療している人に一言 |
| わたしは只今二人目を授かるようにまたAIHを受けています。今回も体を冷やさないように気をつけていますので皆様もどうぞ、体を冷やさずに・・と思います。
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 妊娠アンケート No.51
ハンドル ネーム |
じゅんさん |
| 年齢 |
31歳 |
結婚年数 |
6年 |
| 治療歴 |
6年 |
妊娠した治療 |
IVF-ET |
| 妊娠した時の体験談 |
| 私は独身の時(21歳)左卵巣破裂、右卵巣肥大で摘出・一部除去の手術をしました。お腹を開いて子宮内膜症が原因だということが判明、なんとか右卵巣を残すことが出来たので妊娠することはできるかもしれない、でも自然に妊娠することはできないかもと主治医に言われていました。その3年後結婚、術後からのスプレキュアによる内膜症の治療を続けつつ、結婚1年半後から不妊治療が始まりました。2回の人工授精をした後、県内の国立病院へ受診。「あなたは普通に妊娠することは不可能、体外受精しかありません」と診断をされました。まずは内膜症をおさえる為1年間生理を止めました。この時は更年期障害に苦しみました。その後半年間で2回の体外受精、あとの半年間はりュ-プリンによる内膜症の治療。この繰り返しを2年間行いました。3年目は不妊治療の技術が高い!!と言われている先生がオ−ストラリアへ留学した為、その間生理を止め内膜症をおさえ、先生が帰ってくるのを確認するやIVF-ETをしました。私の場合の治療は生理開始3日目からフェルティノ−ム225単位を2日間、150単位を6日〜7日間卵胞が17mmになった時点でヒュメゴンを2日間、その次の日にhCG10000単位を夜10時に注射、一日あけて採卵をします。3日後胚移植・hCG2500単位、採卵1週間後hCG2500単位、2週間後妊娠反応テスト・hCG2500単位注射という内容です。私は卵巣が1つしかないので毎回卵は2個〜3個しか採れなく、受精するのは2個。移植するまで分割してくれるのは1個。なのでお腹に戻せるのは1個のみ。妊娠したときは採卵前に主人が風邪をひき、採卵時に使えそうなのは1個だけと言われていたので、ほとんど諦めていました。妊娠反応テストまで普段と変わらない生活をし、「もうすぐ生理がくる」と思っていました。病院で「妊娠してるよ」と言われたときは言葉に言い表せないくらいうれしかったです。出産は内膜症の副作用で、子宮の筋肉が厚く自然分娩では赤ちゃんが出てこられないということで帝王切開術になり、お腹を切ったら出血が多くト-タル2907mlの出血。加熱製剤を使いました。ひどい貧血状態だったので起き上がっておっぱいをあげるまでに1週間かかりました。妊娠中に2回入院をしました。妊娠することに・
よって内膜症が治まるかと期待しましたが、かなわず出産して2年たったところでリュープリンによる内膜症治療が始まりました。半年後2人目をつくるべくIVF-ETを開始しました。
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| 妊娠するためにやっていたこと |
| IVF-ETを開始すると同時に豆乳とザクロジュ−スを飲みました。 |
| 治療している人に一言 |
| 私は治療時にどんな治療でどんな薬を使うのかを先生に確認しています。始めは先生の方がなかなか詳しい説明をするのが面倒な感じでしたが今では薬の名前、量などをはっきりと説明、時には選択肢のあるものであれば2人で相談し判断していくといった関係をつくることが出来ました。先生に嫌がられても自分の体のことです、疑問点、不安なことは先生にぶつけましょう。跳ね返してくる先生だったら病院を変えるのもひとつの選択だとおもいます。
治療後から生理がくるまでは絶対に期待します。期待するなというほうが無理なんです。欲しくて欲しくて、痛い苦しい治療に耐えてるんだから・・・だから生理が来た時の気持ちの切り替えが上手に出来るか、私はいつもそれを考えています。とっても難しいけど・・・
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