ハンドル ネーム |
匿名さん |
| 年齢 |
28歳 |
結婚年数 |
4年 |
| 治療歴 |
5ヵ月 |
妊娠した治療 |
体外受精ー胚盤胞 |
| 妊娠した時の体験談 |
| ★5月(2003年)仕事を辞め妊娠を希望し解禁したが、もともと生理不順で心配だった事もあり産婦人科に行った。そこで多嚢胞と診断され転院を勧められる。妊婦さんと一緒なのも嫌だったし。しっかり治療するため、家から近い不妊専門の個人病院を探す。
★6月-
不妊専門の病院で一から検査をするとともに、クロミッドとHMGで排卵を起こしタイミングに挑戦した。しかし1回目のタイミング後の卵管造影検査で右卵管が閉塞している事が判明。血液検査では内膜症の値もぎりぎりという事と左の卵管も癒着が疑われるので、体外受精と勧められる。その病院でも体外受精は出来るが、どうせやるならしっかり結果を出したのと、信頼できる医師が良いと思い転院を決意する。
★7月以前から気になっていた不妊専門病院の先生のもとを訪れ、お話をし、体外受精の説明会に出て転院を決意。 ★8月-
初めての体外受精に臨む。誘発剤で卵を作ったら15個出来て喜んでいたが、実際に採卵したら4個しか中身がなくてかなりショックを受けた。そのうち3個が受精し、全てグレードAだったので、3個とも胚盤胞で5日まで培養した。その3個ともきちんと分割し、内2個は状態も良いと誉められたが、OHSS(卵巣過剰刺激症候群)になってしまう。
★9月-
今期の移植を断念し、まずはOHSSを治すことに。幸い血液検査の結果それほど悪くなく、腹水こそあるが安静にしていれば治るとのこと。移植が出来ない事はとても悲しかったが、次回の移植に向けて気持ちをリラックスさせ、今しか行けないと思って海外旅行にも行った。
★10月-
待望の移植。2週間前から貼り薬を1日おきに貼り、1週間前には注射を1日おきに3回ほど打ち、内膜を育てた。その結果内膜が8ミリ弱になり、状態が良いと先生に言われた。移植は3個のうち状態が良い2個を戻す事に。かなり不安で行ったが移植は痛みもなくすぐに終わった。それから判定までの10日間はとにかく安静にしていた。毎日の注射での通院と家事以外はごろごろ寝てた。それでも判定まで待てず、移植後6日後(高温期11日目)に自宅で判定をしてしまった。驚く事にすぐに「+」が出たので、信じられずしばらくトイレから出られなかった。4日後の病院の判定でもしっかり陽性が出て一安心しました。
|
| 妊娠するためにやっていたこと |
| ★特にないが、通院の時に電車を2種類乗るのだが、1つは7分間しか乗らないので行き帰りのどちらかを歩くようにした。歩くと1時間くらいかかるが、気分転換も出来たのと適度な運動になったようだった。
★移植後はとにかく安静にして悔いのないようにした。通院も電車に変えた。また「状態も万全だし絶対に着床するはず!」と信じていた。
★信頼できる病院を選んだ。これが一番大きいと思う。先生には何でも質問したし、少し治療費が高めだが結果が出ている病院だったので、信頼して治療を受けれる事が出来た。そのお陰で、色んな漢方や食べ物に取り組んでいる人や情報に左右されずに「私は先生について行けば大丈夫」と思えたし、余計な費用もかからなかった。
|
| 治療している人に一言 |
| 不妊治療は先が見えず、暗い長いトンネルに迷い込んだような気持ちになるし、精神的にも体力的にも経済的にもつらい事が多いと思います。私は次から次へと病名が告げられ、診断書に「不妊」と書かれた時はショックで泣いてしまいました。そして病気がわかる度に本を読み(結局30冊以上は読みました)ネットで調べて、本当に妊娠できるのだろうかと不安になり何度も泣き、原因が自分にあるのにも関わらず彼にあたりました。そんな治療を通して、「絶対に夫婦の絆が大事だ」と私は痛感しました。辛く苦しい時にやっぱり頼れるのは彼ですし、彼の子だから欲しいのだと思います。だから治療をしている場合は旦那さんには何でも話し、二人で納得できる治療を進めて欲しいと思います。また旦那さんは治療で頑張る奥さんを大事にして欲しいし、何も出来なくても話を聞いてしっかり受けとめてあげて下さい。病院に行くのも治療を受けるのも注射に耐えるのも女性ですが、「子供を作るために治療をするのは二人」だと思って欲しいです。これだけ不妊の原因がある私でも何とか妊娠にこぎつけたのは、他ならぬ彼と信頼できる先生のおかげだからだと心底思うからです。1人では挫折していたでしょう。そして治療を続ける際は難しいですが出来るだけ前向きに、そして絶対に妊娠できると信じて頑張って欲しいです。
|