ハンドル
ネーム |
よしぴ〜さん |
| 年齢 |
41歳 |
結婚年数 |
7年 |
| 治療歴 |
5年 |
妊娠した治療 |
IVF-ET |
| 妊娠した時の体験談 |
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結婚が33歳の時と遅かったのですが、結構呑気に構えていたので、治療開始は36歳の終わり頃でした。最初は自宅近くの婦人科へ行きましたが、どうも治療という気がせず(体温表見て、ビタミン剤処方のみでタイミング指導なし)転院しましたそこでAIHを数回受け筋腫摘出開腹オペを受けました。その後のAIHで妊娠するも2回流産してしまいました。年齢が40歳になったので、後悔しないようにステップアップを選択、ただ経済的事情で1回ないし2回鹿受けれないと覚悟。通院先は高度治療をしていない総合病院だったので、転院。初IVFは撃沈、凍結胚移植も撃沈。今年(H16年)の4月まさに最後の挑戦で臨んだIVFでした。採卵数は7個受精数は4個。二段階胚移植をベースにしている病院なので(受精数が3個以上の場合)、初期胚を2個戻し更に培養して胚盤胞まで育てて2個とも戻しました。初期胚のグレードはG2とG3。胚盤胞はG3とG4でした。結果は、1個が着床してくれたようです。
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| 妊娠するためにやっていたこと |
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低温期は豆乳「ス○イダ○ズ」を飲飲んでいたぐらいです。本当に今回でダメならあきらめることも考えていましたが、あまり思いつめず通院先が神戸の三宮だったので、楽しく通院できました。高温期に移行してからは、神経質になりがちですが自転車に乗らないようにした事以外は着床期のみ(胚盤胞移植した当日と翌日)家で寝ていましたが、後の日は主人の実家に仕事の手伝いに行きました。ランチにも行きましたし、「くっつく運命のものなら、絶対に着床する」と神経質にならないようにリラックスしていたように思います(開き直りともいえるかも?)。
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| 治療している人に一言 |
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それぞれの状況が違うので一概には言えないと思います。どんなに頑張っても、又頑張ったからと言って必ず全ての人に嬉しい出口があるとは思いません。その出口はもしかしたら悲しい決断になるかもしれません。私が思っていたことは、「この時代に生きていて、医療の力を借りて自分に足りない部分を補い子供を授かる可能性があるなら、後に後悔しない為にも自分が置かれた状況(経済的なことも含めて)でやれるだけのことはやろう!」という事でした。まだ、皆さんは私よりお若い方が多く人生としても半分来ていない方が大多数だと思います。後で、人生を重ねていった時に「あの時ああしていたら」という後悔でなく「あの時はやれるだけのことをやった!」という人生を歩めるように今のご自分の状況での最善を尽くしていただきたいと思います。
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